ほっとひといき〜理事長ウメノ医師の休けい室

「ソブラエティ」という言葉

(転載:自助グループAA日本の機関誌「BOX-916」4月号、投稿記事)

BOX-916をお読みの皆さん、こんにちは。精神科医師の梅野と申します。

私は1995年に都内の病院で働きはじめました。最初のころに主治医として治療を手がけたある方のことを今でもときどき思い出すのですが、私はこの方を精神疾患だと思いこんでおり、その方のお母さまに「精神疾患をうたがっております」と説明したところ、「私は薬物による精神症状をうたがっております!」とおっしゃられてたまげました。私が医師として説明しようとしているのにお母さんが診断を下されたことで驚いたわけですが、確かに経過を詳しく訊くと薬物による中毒性精神病そのもので、身近にいらっしゃるご家族から経過をうかがうことの大切さを思い知りました。

そのころからアルコールや薬物依存症のかたがたを診療するようになり、専門病棟で働いたり、依存症関係の施設の運営に関わらせていただいたりしてきました。現在は依存症のかたがたを始め、うつ、発達障がいなどを多く診療しているクリニックで仕事をさせていただいております。診療をさせていただいているかたがたにはAAをはじめとする自助グループに通われているかたも多く、日ごろから自助グループの効果を実感しております。取り組みを続けているメンバーのかたがたには感謝申し上げます。

BOX-916をごらんのみなさんにはおなじみの言葉と思いますが、「ソブラエティ」という言葉があります。英語の “sober” は、「しらふの、正気の」といった意味で、その名詞形が “sobriety” (「ソブラエティ」、「ソブライエティ」といった読み方になるかと思います)。つまり「しらふでいること」、「飲まないでいること」といった意味でしょうが、依存症に関わる領域では、回復にまつわる、もう少し幅広い意味をふくんでいる言葉と私は考えております。

このたび、 “staying sober” という本を翻訳して出版することができました(ゴースキーら「アルコール・薬物依存症の再発予防ガイドブック」星和書店)。これはアルコールをやめ始めたかたがたにおこる状態と、再発をくり返してきた方々の再飲酒を予防するための方法について詳しく述べた本です。

この原著のタイトルについてなのですが、“stay“は「寝泊まりする」といった意味でも使われる英単語と思われますが、ここでは「そのままでいつづける」といった意味で、つまり「ソーバー(しらふ)の状態を続けること」いう意味になるでしょう。
依存症の回復過程には再発(再飲酒)が多く、再発をくり返すことによって回復への希望がもてなくなってしまう場合もあるでしょう。こうした状態にある人に希望を取り戻していただくための本になっていると感じて翻訳を出版することにしました。

この本では、実際に再発にいたるまでに一定の経過があると述べています。まず、断酒を始めた当初、汗が出たり手や体が震えたりする離脱症状が起こりますが、その後にも引き続いて離脱症状にあたるさまざまな症状が続くとされております。たとえば気分変動や集中力低下、睡眠障害、ストレスへの対処困難などです。これらの症状の多くは断酒断薬を続けるうちに消退していくわけですが、なかには断酒断薬を始めてもなかなかおさまっていかないもの、あるいは断酒断薬を始めた後で悪化していくものもある、としております。これらの症状をこの本の中では、急性期後離脱症状“Post Acute Withdrawal”(PAW「ポー」)と総称しています。依存症の再発は、PAWがうまくコントロールすることができなくなって、次第に生活が混乱していくことで苦しくなって、「もう再発した方がまし」といった気分になることによって起こる、と説明されております。

なかなか明確に言葉にすることのむずかしい再発にいたるプロセスをうまく表現したものと思います。さらにこの本では再発を予防する方法として、PAWの症状をコントロールし、再発の危険なサインにあたるものを生活のなかで見つけてそれに対処する方法について述べられています。グループや個人でこれらの方法を実践するためのワークブックがあり、これも今回翻訳出版することができました。

これらの本は、近年わが国でもひろく普及してきた依存症の「認知行動療法」の流れにある考え方です。いっぽうでこの本はこうした認知行動療法と同時に12ステッププログラムを実践することの重要性にも触れられております。そしてこれらは決してどちらかを選ぶというようなものではなく、相補的で、組み合わされることでそれぞれの効果が高まるものであると述べられています。自助的な活動や12ステッププログラムがたいへん有効で、価値のあるものであることは医療や心理の専門的な立場からみても揺るぎないものといつも感じます。この点で共感したことが、この本を翻訳する大きなきっかけになりました。

マスコミなどを通して一般社会にも依存症やアディクションの概念が浸透してきたように思われます。アルコール健康問題対策基本法やギャンブル等依存症対策基本法のような法整備、刑の一部執行猶予制度の実施など、法整備や行政、司法などの領域にも依存症のケアについての考え方が取り入れられてきているように感じられます。

そこでぜひ、AAなどの自助グループで使われてきた「ソブラエティ」という言葉を世の中の人びとにも知ってもらいたい、との思いを込めて、今回の訳書に「ソブラエティを生きる」との副題をつけました。ともすれば、社会のなかの矛盾や困難に直面して、怒りや不安に取り憑かれ、みずからの感情「酔う」ことの多いわれわれ全ての人びとにとって、「ソーバー」、「ソブラエティ」という言葉に象徴される回復のための智恵は役立つはずだ、といつも考えています。

掲載:2019/4/13 |



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